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郷土への『おもいのたけ』

 
郷土への想いを『かたち』に…
 
日々の生活や事業活動の中で感じた雑感やおもいを、気ままに随時更新していきます。
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『閉塞成冬』(そらさむくふゆとなる)

2018-12-07
ご安全に!
頼むゾ!
毎朝のルーティン
師走12月7日のきょうは、二十四節気「大寒」、そして七十二候『閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)』の候。まさに朝から空は重い雲に覆われ、「ヒューヒューボーッ」と風が吹きつける。自然と雨脚も横なぐりとなって身体をたたく。「いよいよか」と除雪準備の再確認を行った。先日、社内でも除雪会議を行い、役割分担と注意事項、緊急対応や事例をふまえた事故防止への周知を図った。昨シーズン県下での除雪事故の4割ほどは「安全確認の落ち」、いわゆる「周辺状況の確認に落ち度があった」ことに起因しているという。バック時の後方確認、すれ違い時の車両間隔等々、よく考えると不注意や疲れ・慣れ、あるいは場面行動本能から生まれる「ヒューマンエラー」だと言える。
「人間はエラーをする生き物」だと言うけれど、事故のない安全で丁寧な除雪作業を今シーズンも行いたいと切に思う。そのためにも、全社員同じ気持ちをもって一丸となることが大切だ。「閉塞成冬」の「塞ぐ」という言葉には、寒さから人々を守るという意味もあるという。そうだ、我々にも郷土の人々の暮らしを守る使命がある。
さぁ!全社員一丸『和』で築こう!全員の安全!

弁解より反省!…自戒をこめて

2018-11-16
集まった落葉たち
無理をすると腰にくる!
「紅葉且つ散る」
立冬も過ぎ冬がはじまる、そんな頃になった。月2回の市道の道路パトロールも今月で終わる。普段何気なく通っていた道路や街の中を、ある意味、視点というか見方をかえて郷土みしまをみる(見る・診る・視る)機会であったと思う。土木技術者の端くれの目からも「あぁ、ここの道路の路肩は危ないな」「轍掘れが目立つな」「この場所は経過をよくみておこう」等々…と、毎回気づくことも多い。
「紅葉且つ散る」この季節、山坂道を通るとその落葉たちが雨水桝に集まってくる。雨水桝を塞ぐ集まった落葉たちで、雨水が行き場をなくし、道路にあふれ、路肩欠損や土砂崩壊の一因にもなりうる。そのためにも、この落葉たちを取り除くことも大切なパトロールの役目だ。……しかし、「まっ、いいか!」と正直、見過ごしてしまうこともある。そんな時は、大概あとに失敗につながる。仕事でもなんでも、物事がうまくいかずに「失敗したッ!」と思う時に大切な先達の教えがある
『弁解より反省』だ。失敗の真の原因は自分が招いたことであるという思いに徹してこそ、その失敗が生かされると先達は説く。自分への戒めとして、きょうもしっかり反省しなければ…。そして、郷土の安全安心のためにも、自覚をもって!

身も心も冬支度だ!

2018-10-29
雪スパふたりの誓い
使命感がフツフツと!
市関係者の皆様「感謝します!」
冷たい雨が降ったりやんだり…、時雨模様の空が冬支度の合図なのだろうか。だんだんと冬が近づいてきたと感じる。
冬の雪に備えて一足早く、先週10月25日木曜に「長岡市除雪出動式」がアオーレ長岡ナカドマで行われた。当社から「濱」さんと「山」さん、ふたりの「雪スパ」(除雪エキスパート)が出席して「冬期間の道路の安全・安心の確保」と「無事故、無違反での除雪業務遂行」を力強く誓ってくれた。きっと、多くの市民の方々とけなげな園児の声援を受け、雪スパとして「やらなければならない」と使命感がフツフツとわき上がってきたに違いない。
『嗚呼 冬はこれ永久の良師たり、雪はこれ不変の友たり』この山本五十六のことば。われわれ除雪業者の心構えに通じるような気がする。ふるさとの冬から学んできた永年のノウハウをふるさとの人々と力を合わせて、きめ細かい丁寧な除雪を心がけよう。市関係者の方々のわれわれ除雪業者へのご指導とご配慮に心より感謝しながら、よし!身も心も冬支度だ!
 

今朝の秋におもう…。

2018-10-05
今朝の秋
コスモスの花言葉「調和」
朝陽に照らされたすすきの影が長くなったなと季節の移ろいを感じながら、車のラジオの台風情報に耳を傾けた。自然は激しく、何かのメッセージを伝えようとしているのか。今週もまた、台風が日本列島に迫り来る。大きな災害が起きないことを祈りながら、現場のことをおもい浮かべた。「きょうはあの現場ではコンクリ打ちか。あそこは重機仕事がメインだな。あの湧水処理はうまくいくかな…」
黒川にかかる砦関道橋を通るあたりで「いや、大丈夫だ!皆に任せる、任せることも仕事だ!そっと見守ろう…」と、いつものように自分に言い聞かせ、頭の中を整理する。
誰もいない事務所のブラインドを上げ、窓を開ける。澄んだ秋の空気と野辺のコスモスが「今朝の秋」を感じさせてくれた。
『毎朝、まえもって死んでおけ』厳しい世を生きた先達の必死の覚悟には及ばないが、身心をしずめ、日々あらたに努めよう…、なぜか先達の教えを強く感じた今朝の秋だった。

十七夜に想う…。

2018-09-18
中永雪覆工の佇まい
中永雪覆工の銘板
坂の上の雲 十七夜
山坂道をのぼり、いくつかのカーブをぬけると年季を感じる赤いスノーシェッドが現れる。旧国道352号「中永雪覆工」だ。交通の難所であり、その工事も難工事であった聞く。
今は一般者が通れないこの山坂道には、子どものころの思い出がたくさんある。自転車でのぼり海まで行ったこと、母親に連れられ峠の温泉場に通ったこと等々。この赤いスノーシェッドが「あと少しで峠のてっぺんだ。あとひとふんばりだ!」と導いてくれていた。…坂をのぼる、その先に目指すものがある…
糸瓜忌が近い秋の夜、文庫本に手をのばし物思いにふける。「のぼっていく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼっていくだろう」うーん、胸が熱くなる。難工事を手がけた先人への想いを勝手に重ねてみた。
そして、「庭の糸瓜の棚に夜露が降りているらしく、二、三枚の葉が光っていた。光っているのは、十七夜の月があかあかとのぼっているからである」…、「そとに出ると、十七夜の月が、子規の生前も死後もかわりなくかがやいている」…、文庫本の頁をめくった。
 
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